「あ〜、楽しかったにゃ〜」
「うん、面白かった」
菊丸とリョーマは気が済むまで遊んだお陰で、上機嫌になって話していた。
遊んだゲーム機の話や、診断ゲームの結果などを、互いに見せ合っていた、
対照的に手塚と不二は、ほとんど口を利かない。
そればかりか、視線すら合わせようとしない。
「にゃんか、後ろの2人おかしい…」
前に菊丸とリョーマ、後ろに手塚と不二が並び、帰り道を歩いていた。
後ろから感じる、何だかイヤなオーラを背中に受け、菊丸はちょっぴりビクビクしていた。
せっかく楽しい時間を過ごせたのに、これがオチ?とガックリしながらも、どうしてこうなっているのかが、さっぱりわからない。
「何かあったのかな?」
「さぁ?」
2人のやりとりを知らない菊丸とリョーマは、頭上に『?』マークを大量に浮かべていた。
その後、2人の状態は決して元に戻る事は無かった
「それじゃ、お休み。リョーマ君」
「おチビ、お休み」
「ゆっくり、休め…」
「今日はありがとうございました。お休みなさい」
不二と菊丸そして手塚の3人はリョーマを家に届け、自分の家に帰って行った。
結局、それぞれの家に帰る為に分かれ道まで、不二と手塚は何も話さなかった。
菊丸だけがどうにかしようと、躍起になっていろいろと話をしていた。
「……リョーマ」
手塚は家に着くなり、自分の部屋に篭った。
帰り道から途切れる事無く、不二の言葉がぐるぐると駆け巡る。
遠くで自宅の電話が鳴っているのを感じたが、そんな事はどうでも良かった。
「…国光?」
不図、ドアをノックする音が聞こえ、手塚はその考えを一旦止めた。
そしてドアを開け、自分を呼ぶ母親と対面する。
「何ですか?」
「越前君からお電話が入っているわよ」
先程聞こえていた呼び出し音は、リョーマが鳴らしたものだった。
「リョーマ?」
『あっ、良かった。まだ起きてた?』
「お前と一緒にするなよ」
ふっ、と鼻で笑うと、受話器から拗ねた声が聞こえた。
「あぁ、悪かったな、それでどうかしたのか」
『今、近くの公衆電話から掛けてるんだけど…あのさ、ちょっと出て来れる?』
「…今?近くの?」
3人で家まで送ったはずなのに、リョーマは自分の家に近い場所に来ていると言う。
『あっ、もう切れちゃう…』
途端にツーツー、と電話が切れた音が受話器から聞こえ、手塚は慌てて外に出て行こうとした。
「あら、何処に行くの?」
母親の彩菜は、戻ったばかりなのに出て行こうとする息子にその理由を尋ねた。
「すぐに戻りますから」
「そう?ならいいのよ」
気を付けなさい。
それだけを言うと、リビングへ戻って行った。
リョーマが言っていた公衆電話とは、家から程なく近い公園の物だろう。
1人きりであんな場所にいると思うと、気が気じゃなくなり慌てて走り出す。
公園のブランコにリョーマは揺らす事無く、ただ座っていた。
「リョーマ…」
その姿を公園の入口から捕らえ、ゆっくり近付く。
「…来てくれたんだ」
「当たり前だろう」
リョーマも手塚の姿を確認すると、ブランコから立ち上がり、その身体に抱きついた。
手塚もその身体を抱き締め返す。
「…あったかいね」
「寒いのか?」
「…違うよ」
季節的には、『寒い』と感じる温度ではない。
リョーマが言いたいのは、身体ではなく、心だった。
「何かさ、気になって…」
帰り道の手塚と不二の様子は、変なものだった。
兎に角、気になって仕方がないと、その思いのままに行動してしまっていた。
「このまま、ここにいても仕方がないだろう」
家に帰れ、という手塚にリョーマは、緩く頭を振る。
「今日は、泊まるって言ってきた」
リョーマは初めから帰る気は無く、家に送られた後、母親に告げてこっそり3人の後を追っていたのだ。
そして、手塚が家に戻ったのを確認して、近くの公衆電話に駆け込んだのだ。
「お前は…仕方ないな。それより今日は、携帯を持っていないのか?」
つい先日、両親を説得して手に入れた携帯電話。
アドレスには手塚の名前だけが入っている。
「充電忘れたから切れた。だから電話帳で調べたんだよ」
手塚は驚いた表情を見せたが、直ぐに笑みを浮かべた。
「帰りました」
「…お邪魔しまーす」
手塚はリョーマを連れて自宅へ戻った。
リビングから、彩菜が驚きの表情でやって来た。
「あら、越前君。どうしたの、こんな時間に?」
珍しい時間にやって来たリョーマに、彩菜は驚きの表情のままで尋ねてしまう。
「申し訳ないのですが、今晩泊めてもいいですか?」
母親に対しても敬語を忘れない手塚は、リョーマの事を話した。
「えぇ、もちろんいいわよ」
ニコリと微笑むと、彩菜は了承の返事をする。
「ありがとうございます」
「イキナリでごめんなさい」
リョーマは突然の宿泊願いを素直に謝った。
「それなら、お食事はまだよね?」
手塚の家族と食べる食事は、和食中心でとても美味しかった。
「越前君、和室にお布団用意したからね」
食事の後、リビングで休息していた2人に、彩菜はお茶と煎餅を出した。
リョーマの好みに合わせたものだ。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ、やっぱり楽しくていいわね」
うふふ、と微笑むと、当時の事を思い出していた。
あれは、まだ2週間くらい前の事。
リョーマは、息子が初めて連れてきた大切な客人だ。
母親としては、自宅へ友人を全く連れて来ない息子を心配していた。
もしかして、この子には友達がいないのか?
祖父の影響で、自分にも他人にも厳しい性格が、悪い方向に向かっているのでは?そんな思いを抱いていたが、数週間前からその態度が一変した。
…息子の携帯が、良く鳴っているのだ。
普段は自室に置きっ放しにしている携帯を、珍しくリビングに忘れた時に鳴ると、普段なら有り得ない凄い慌てようで携帯を盗りに来るのだ。
それから、家の中には入ることは無かったが、外で待つ少年の姿が目撃されていた。
息子に問い詰めると『部活の後輩です』と応えたが、女の勘が『それは違う』と感じていた。
それから更に問い詰めると、「…付き合っているんです」と答えた。
その事があってからは、外では無く家に招く様に息子に言い聞かせた。
男同士の恋愛は世間的にタブーと言われている。
しかしこの母親には、そのような概念があまり無いようだ。
人を好きになる事は自然だ。むしろ、その気持ちを抑える事の方が不自然なのだ。
息子を変えてくれたこの少年に、お礼を言いたい気分だった。
「それじゃ、ごゆっくりね」
彩菜が去った後、リビングには手塚とリョーマの2人しかいなかった。
「俺の部屋に来るか?」
しばらくリビングでテレビを見ていたリョーマに、ここにいたらあまり楽に出来ないだろう、と手塚は話し掛ける。
「えっ、うん。行く」
テレビから視線を外し、嬉しそうに笑顔を見せた。
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